[ 008  TOUTEN BOOKSTORE  KOGA SHIHOKO ]

本が好きな人も、普段本を読まない人も楽しめる街の本屋さん『TOUTEN BOOKSTORE』

今回は金山で書店『TOUTEN BOOKSTORE』を営んでいる古賀詩穂子さんにインタビュー。

漫画家になりたかった子供時代、留学先で出会った素敵な人達から学んだ事、本屋さんになろうと思ったきっかけなど、書店への愛がたっぷりと詰まった古賀詩穂子さんの今に至るまでの ROOTS OF STORY を是非お楽しみください!

ー今回は取材を受けてくださりありがとうございます。では早速、子供時代のお話からよろしくお願いいたします。

1992年、愛知県生まれです。父と母、2人の姉に囲まれて育ちました。

小さい頃から姉たちのゲームや漫画が側にあって『スラムダンク』(井上雄彦/集英社)や『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)などの王道漫画をよく読んでいました。自分のお小遣いでは、毎月『りぼん』(集英社)を買っていて、友達の家に行ってもお互いが持ち寄った漫画を回し読みするくらい、漫画はその頃から大好きでした。

漫画を描くのも好きで、友達とお互いに描いた漫画を交換して読んだり、その頃は大きくなったら「漫画家になりたい」って思っていました。それくらい漫画は自分の中で大きな存在です。

中学生くらいになると『ヴィレッジヴァンガード』に遊びに行くようになって、それまで読んだことがなかった『岡崎京子』などの大判コミックも手に取るようになり世界が広がりました。

『ヴィレッジヴァンガード』のコンセプトは「遊べる本屋」。本屋でありながら面白い雑貨がいつも並んでいて、友達へのプレゼントなどもよくここで買っていました。お店にいると宝探しをしてる気分になれて行く度にワクワクしてましたね。

小さい頃からノートを使って何か作ることが好きで、雑誌の切り抜きやプリクラを使ってコラージュ日記みたいなものをよく作っていたんです。コラージュもそうなんですけど、いろんな空気感がゴチャゴチャっと混ざった感じがすごく好きで。『ヴィレッジヴァンガード』の雑多なゴチャっとした雰囲気にもそういう居心地の良さを感じていたんだと思います。

高校生になる頃から、ファッションにも興味が湧いてきて『zipper』などファッション系の雑誌もよく読むようになりました。洋画や海外の雑誌も観たり読んだりするようになって、超ありきたりですがオシャレな雰囲気に憧れて海外に興味を抱くようになりました(笑)

進路は興味のあった海外の事を学べる、中京大学の国際教養学部に進学し、大学では英語とスペイン語といった語学だけではなく、歴史や比較文学などを学びました。

大学2年生の時にスペインへセメスター留学をしたのですが、最初は現地の言葉を聞き取るのが難しくて。英語もスペイン語の訛りがあって聞き取りづらかった思い出があります。

ホームステイ先の家族とよく『フレンズ』の再放送を一緒に観ていましたが、スペイン語は早口に聞こえるので、ステイ先のお姉さんはゲラゲラ笑っているのに私はわからないということもしばしば(笑)テーブルの上で学ぶ事と現場で学ぶことはやっぱり違うんだなと思いましたね。

『学ぼうと思えば年齢なんて関係なくいくつになってもスタート出来るし、学ぶためのルートだってたくさんある。』

留学先で出会った、いろんな国の学生との出会いもすごく印象的で、年齢も関係なく自発的に学んでいる学生が多くて『学ぶこと』に対しての熱量がすごく高いと感じました。何よりも楽しそうに勉強している姿が素敵でした。

それまではなんとなく、学生だから「学ぶ」ものだと思っていましたが、現地で出会った留学生は国籍も年齢もみんなバラバラで。今思うと当たり前ですが、学ぼうと思えば年齢なんて関係なくいくつになってもスタート出来るし、学ぶためのルートだってたくさんある。

学びたいと思った時に、いかにフットワーク軽く自分の好奇心に従えるかを大事にしたいと思いましたし「自分次第でいつでも自由に学べるんだ」って事に気付けたのは、自分の中で大きかったですね。

学生時代にはタワーレコードでアルバイトをしていたのですが、その時バイト先で出会った人達も、いつも自分が好きな音楽を楽しそうに話してくれて。みんなそれぞれに好きな事があって、それに熱中する姿や自分が好きだと思うものを大切にしている姿に「うらやましいな」と思ってましたね。

当時の自分には「好きなもの」はあっても「熱中して深掘りするようなもの」や「自分だからできること」っていうものがなかったんです。

「ヴィジュアル系の事なら、あの人」に「J-ROCKの事ならあの人」に聞こうみたいに「自分はこれだ」っていうものがなくて、そこにコンプレックスを抱いてました。

就職活動が始まり、自分が漫画好きになったきっかけの『りぼん』を刊行している『集英社』を受けました。

筆記テスト、集団面接をクリアしグループ面接まで辿り着けたのですが、その時一緒に面接を受けた学生は自分の持ち味をしっかりと伝えていたのに、私は当たり障りないことしか言えず「自分らしさ」が伝わるような自己アピールが出来なかったんです。

自分の強みになるものを培ってこなかった事を叩きつけられたような、コンプレックスを見透かされたような気分になって落ち込みました。

そして面接結果は不採用。わかっていながらもショックを受けて「自分には何が出来るんだろう」と考えるようになりました。

ただ、働くならやっぱり本に関わる仕事がしたくて本の商社でもある出版取次を行なっている企業に就職する事になりました。

名古屋支店に配属となり書店営業として勤務していました。業務としては、担当書店の在庫数や今までの売上データを集めて入荷数などのサポートをするような、いわば書店のマネージャーのような事をしていました。

「そっか!自分が本屋さんになれば良いんだ!」

仕事柄、毎日のようにいろんな本屋に足を運んでいたのですが、書店員の方々とコミュニケーションを重ねる中で、何を発注して何を返品するか、本をどう並べるか、それまでの経験や本への想いひとつひとつが積み重なってお店となっていることを感じるようになりました。

本屋って、自分とゆっくり向き合って今の心情を探れる場所だったり、心が静かに整って前向きな気持ちになれたり、そんな不思議なパワーを持っていると思うんです。

そういう居心地のいい空気感を日々書店員さんが作り出しているんだなって思ったら、どんどん本屋を好きになっていったんです。

でも、数字で言うと一日一件っていうスピードで本屋は廃業していて。

文化的にも社会的にも大事な場所なのに、それが重要視されてないのはなんでなんだろう?と。すばらしい書店員の人が沢山いるにも関わらず、業績が落ちるとコストカットとして人件費が削られてしまい、属人性が高い本屋という業種でバランスが保てなくなる。

「何かできることはないかな」と日々考えていたものの、書店営業は書店の中では役に立つ事が出来ても、お店に人を集めたり足を運んでもらうまで訴えかけられないんだと思っていました。当時の上司にも相談したのですが直接「本屋に行くこと」に対してアクションできる場所が見つけられなくて、ずっとモヤモヤしていたんです。

そういったことも含めて今のポジションではなくて本屋で働かないとわからないんだろうなと考えていた時に

「そっか!自分が本屋さんになれば良いんだ!」と急に思い立って(笑)

その時に漠然と「30歳までに本屋になる」と決めて、本屋になるための準備を始めました。

まずは出版の中心である東京で働きたいと思い、転職先を探し始めました。そんな矢先、東京で本屋を経営していた社長から「新事業を進めていて、そこで働かない?」とお声掛け頂く機会がありました。まさに学びたい事がそこに詰め込まれていたこともあって、上京・転職することを決めました。

そこでは、本屋の企画立ち上げ、ショップ作りやイベントの組み立て方など、様々なことに携わらせてもらい、色々な経験をさせていただきました。

『本で儲からないなら他に儲かるベースをプラスすればいいんだ』

東京に住んでいる時には、色々な本屋に足を運びフィジカルで感じることを大切にしていました。日本だけじゃなく海外の本屋の事も知りたくて、ニューヨークやポートランドで本屋巡りもしました。名古屋に戻る前にドイツも行きたかったですがコロナになってしまい、断念。いつか行きたいです。

現地では店主とお客さんがフランクに本の話をしている姿や、さまざまな売り場を見て「自分がどんな本屋になりたいか」っていうビジョンもクリアになっていきました。

行かないとわからない空気感や、そこでしか出会えなかった人が沢山いるので、こうやって行動することの大切さも一緒に感じました。本が異業種とコラボしやすい事や、物販の展開も広げやすく、個性あるローカルブックストアの強みもわかってきて、その強みを活かした本屋が増え、新たなカルチャースポットとして確立している事にも気付いて。

マーチャンダイズがしっかり作られるほどのオリジナリティや風通しの良いお店作り、選書に意識をもつ本屋の需要の高さ、そして本で儲からないなら他に儲かるベースをプラスすればいいんだという発想に気が付けたことは大きかったです。

東京での生活が3年を過ぎた頃、会社では組織編成の変化、プライベートでは結婚のタイミングなど、色々と環境の変化があり、本屋として独立するために名古屋に帰る事に。

そして、東京を離れる前に今まで学んだ事や自分の考えをアウトプットしておきたいなと思ったのと、本を作ってみたくて『読点magazine、』というフリーマガジンを制作する事にしました。

実際に書店を経営されている方にインタビューをしたり、経営を続けられる本屋さんになる為に必要なことを模索し、情報や経験を交えながらまとめたものなのですが、このフリーマガジンがきっかけとなり、新聞社の取材を受ける事に。

この時の記者の方が「名古屋のプレイヤーの方の集まりがあるので参加しませんか?」と声を掛けてくださり『さかさま不動産』を運営している方を紹介して頂いたんです。

『さかさま不動産』というのはこちらの情報を登録すると、大家さんから「うちの物件を利用しませんか?」と連絡がくる、まさに不動産の探し方が通常とは『さかさま』なサイトでした。

名古屋での新生活が始まった頃から時々、店舗物件をネットでリサーチしていたんです。

その中で、いいなと思っていた物件の大家さんから偶然にも『さかさま不動産』を通じて連絡がありました。

家賃が希望の金額をオーバーしていたのですが、現地で大家さんにお会いしたら家賃の相談にも快く乗っていただけて、物件も路面店でお店を1人で回していくには丁度いい広さだったり、金山総合駅という大きな駅から徒歩圏内だったり、何よりもイメージしていたお店の雰囲気そのものだったので「これは運命かも」と思ったんです。

とはいえ、その時はまだ結婚したばかりで開業資金をこれから集めていこうとしていた時期。

考えた末に融資が通ったら開業するという話になり、創業支援センターに通いつめ、慣れない書類作成に明け暮れながらもサポートしてもらったおかげで順調に手続きが進み、この物件で本屋を始める運びになりました。

融資は通ったものの、開業資金としては足りなかったので『クラウドファンディング』を利用して資金集めをする事に。広報ツールとしても機能するので『クラウドファンディング』を利用して良かったです。認知してもらえるだけじゃなく応援してもらえることが励みになりました。もちろん、期待に応えなくては!というプレッシャーも感じながらですが(笑)

認知してもらわないと支援を受けるキッカケも作れないので、いろんなイベントに出店してチラシを配りながら宣伝をしました。チラシを置いて下さるお店があったり、イベントで知り合った方が宣伝をして下さったりと、いろんな方の力をお借りしながら、目標金額まで支援を伸ばす事が無事出来ました。そのお陰で工事も順調に進んでいき、物件との出会いから半年ほどで開店できる事に。

お店の顔となるロゴデザインはこだわりたかったので、東京時代に仕事をご一緒して以来、頼みたいと思っていた看板屋でありグラフィックデザイナーである廣田碧さんにお願いする事にしました。碧ちゃんは『手描き看板』を描きながらグラフィックデザイナーとしても活躍をしていて「アナログの手法を使いながら、新しいものを生み出すということが本屋も似ているね」という話をしていました。ロゴの提案をしてくれた時に「ふるきをたずねて、あたらしきをしる」と言っていたことが印象に残っています。

出来上がったロゴデザインは、クラシックな空気感を纏いながらも、見た事のないフォントの新鮮さもあるデザイン。ワクワクするようなロゴができて、碧ちゃんに頼んで本当に良かったと思っています。

物件と出会ってからギャラリーなどにも使用できるフリースペースとカフェスペースは入れたいなと思っていたんです。

フリースペースがあればイベントも開催でき集客につなげる事もできるし、入り口付近にカフェスペースがあると入りやすいと思ったからです。本は毎日買わないかもしれないけれどコーヒーは毎日飲むことがあるし、本屋に来てコーヒーを飲むのが習慣になってくれたら、おのずと本屋に足を運んでもらえるかなと思ったり……。経営のことも考えて入れました。

コーヒー以外にもおやつやビールも同じようにお店で提供できたらいいなと思って、自分が納得のいくそれぞれのパートナーを探し始めました。

コーヒーは東京に行ってから好きになった浅煎りのものを探していました。

「美味しい所ないかな?」と探していた時に開業手続きでよく足を運んでいた県庁近くにある『Q.O.L.  COFFEE』さんを見つけて。外観のデザインが素敵で気になっていたこともあって「ここどうかな?」と思いコーヒーを飲んでみたらすごく美味しくて!

店主の嶋さんはコーヒーカルチャーの街・メルボルンでも修行されていて、情報も豊富でお話もとても勉強になり、相談したら快諾して頂け、コーヒーはここで仕入れる事に決めました。

店にあった運営方法を考えて頂いたりと、嶋さんはいつも親身になって対応してくださり感謝しています。

おやつについては、『焼菓子 モモ』さんにお願いしています。東京で暮らしていた頃、忙しくて簡単に食べられるパンやうどんばかり食べていて体に不調をきたしました。そういったこともあってお店で出すものはグルテンフリーのものにしようと思っていました。

環境問題にも意識が向くようになっていたのでヴィーガンのものがいいなと思って探していた時、イベントで知り合った方にその話をしたら『焼菓子 モモ』さんをご紹介いただいたんです。とにかく『焼菓子 モモ』さんの作るものが美味しかった事や思っていることや感じていることが自分の価値観と似ていることもあっておやつは『焼菓子 モモ』さんにお願いすることに決めました。

ビールは近くで卸してくれる酒屋さんが見つからなかったのですが、最終的には友達のお店のツテでお願いするカタチで決まりました。もう少しコロナが落ち着いたら地産のクラフトビールも扱いたいなと思ってます。

色々な方にご尽力いただいたお陰で準備が整い、2021年1月16日ついに『TOUTEN BOOKSTORE』がOPEN!

聞きなれないフレーズかもしれないのですが『読点(、)』という文中の切れ目に使う記号を店名にしました。

文章を整理したり、息つぎしたり、時にはアクセントとして使われるんですが、本屋はまるで生活の中の『読点』みたいだなと思ったからです。

ただ本を買う場所としてだけではなく、深呼吸したり心が休憩できて整うような、そんな場所として生活の一部になれるような本屋さんになれたらいいなと思っています。

ーお店に並ぶ本を選書する時に心掛けている事などはありますか?

どういう本を置くか、というのを説明することはまだ難しいのですが、主にはお店に来てくれる人たちのことを思い浮かべながら選書してます。またどういう本を置かないか、というのは決めています。誰かを攻撃するような本や、恐怖心を煽るような本は置きません。

後は、いろんな人が交われるような場所になれたらいいなと思っているので、気軽にお店に入れるように絵本からコミックまで、広いバランスのラインナップになるように選書するようにしています。それと、自分の独りよがりな売り場にならないように大きな本屋に足を運んだりしながらバランスを調整しています。

ーSNSでの情報発信をする際に決めていることなどはありますか?

Instagramは本にフォーカスをあてるようにしていて、最近はじめたメールマガジンではお店の事をより知ってもらえるように分けて発信しています。ストーリーズでは新刊紹介をメインに活用しているんですが、なるべくタイムリーに伝えるようにしています。

メールマガジンではお店を身近に感じるような情報を掲載できたらいいなと思っています。店頭ではわからない売上ランキングやレジから感じた個人的なコラムなど、お店の雰囲気をよりリアルに感じてもらえるような、そういう距離感が近く感じられるような情報発信が出来たらいいなって考えています。

ー古賀さんにとって、本屋とはどんな場所ですか?

本屋は私にとって自然と機嫌が良くなる場所です。

周りの人にとってもそうなったらいいなと思っていますし、本屋に行くことがライフスタイルの選択肢になってほしい。

本屋は本を買う場所だけでなく、誰かの居場所になれたり、人と人とをつなぐコミュニティにもなれる場所だなと改めて感じます。

毎日気軽に足を運んでもらえる、そういう街の憩いの居場所に『TOUTEN BOOKSTORE』がなれたらいいなと思ってます。

TOUTEN BOOKSTORE

HP

instagram

愛知県名古屋市熱田区沢山1−6−9

ー SPECIAL THANKS ー

さかさま不動産   HP

看太郎 廣田碧    instagram

Q.O.L. COFFEE HP

焼菓子 モモ   instagram

営業時間や定休日などは上記HPのご参照をお願いいたします。

新型コロナウィルス感染症対策について

『アルコール消毒』『三密の回避』『検温』『マスクの着用』など

感染症対策を徹底した上で取材・撮影を行なっております。